リーグ戦第4節。
結果は2-8で惨敗した。
しかし結果は惨敗でも得るものは多かった。
前節とは違い、チームとして戦えた事は大きかったと思う。
個人的に今節の内容次第ではチーム解散の危機なのではないかと考えていた。
が、次に繋がる試合内容だったように思う。
言葉にするのは難しいけど、チームとしての一体感があった。
それでもチーム状態はまだまだ良くなく、
若いやつらも色々考えている。
一応長年サッカーをしてきた経験と、人生の先輩として、
出来る限りの事をしてやりたい。
そーいえばデビュー戦だった。
大学以来の公式戦。
緊張はなく、悔しかったが楽しかった。
やっぱり強い相手とやるのは面白い。
リーグ戦は同じ相手と2回対戦出来るので、次は負けん。
1勝3敗となってしまい、優勝は絶望的。
残留は最低ライン。3位を目指す。
密かに11月の全日本選手権に照準を向ける。
やることは多い。
当たり前の事の精度をまずは上げていこう。
闘将・松田!!!!
2011年8月4日木曜日
2011年7月29日金曜日
ぞの
2011年6月22日水曜日
2011年6月10日金曜日
仙台、地震、そして家族(3)
震度4の地震が度々襲ってくる。
関西に住む僕の感覚では、これはもはや余震ではない。
余震の中、僕はただただ母とテレビを見続けた。
ひかりTVでバルサの試合を見たり、Fリーグを見たり。
これはいつも実家で僕が取っていた行動である。
ただ以前のように普通に過ごした。
夜は帰宅した父から震災後の1ヶ月の話を聞いた。
3月11日の翌日から仕事に向かったこと。
3日後からは担当エリア(東北全域)の被災地を見て回ったこと。
正直見て回るような余裕はなく、復興に向けた事務所をどこに設置するかしか考えられなかったらしい。(父は某建設会社勤務)
父の会社の住宅は寄せては返す津波に耐えたらしい。
お客さんの中には、津波によって無くなっていく街の中で自分の家だけが残っている様子を高台から見ていた人もいるそうだ。
父はあの日から毎日作業着を着て出社している。
そんなこんなで、滞在期間はあっという間に過ぎてしまった。
仙台市街は既に賑わいを取り戻していた。
少しでも復興に貢献したい思いでカバンに入るだけのお土産を買った。
結局何も助けにならなかったのではないかと罪悪感を感じながら帰路についたが、
母からメールが届いた。
「久しぶりに普通に過ごせてホッとしました」
今回行って良かった。そう思えた。
ボランティアさえ出来なかったが、家族を安心させてあげられることは僕にしか出来ないことだ。
あの日から間もなく3ヶ月が経とうとしている。
現地はどうなっているのだろう。
ニュースもだんだん取り上げなくなってきているし、
トップニュースは某総選挙である。
被災地に家族・知人がいる人には、是非顔を見に(見せに)、行ってあげてほしい。
そうでない人も、是非東北に遊びに行って、お金を落としまくってほしい。
一刻もはやく皆様に平穏な日々が訪れることを祈っています。
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